選択の余地
7月末日に二日かけてシンチグラムの検査を行った。一回30分程の、横になっているだけの検査である。おかげでたびたび睡魔に襲われた。
それから数日後、8月初旬に検査結果が出た。検査初期から分かっていることも含めれば、下記のようなものである。
- 他の臓器への転移なし
- 複数のリンパ節への転移あり
- 進行度はTNM分類で最低でもT3N1(M0)
- 神経内分泌癌(症例が極めて少ない、珍しいタイプの癌らしい)
- 癌患部は肛門に非常に近いところに存在している
不幸にして初期段階はとっくに過ぎているが、幸いにして余命宣告を受けるような状況ではない。M医師(女医)はきっと治りますよと私と妻を勇気づけた。
そして彼女は、部位が部位だけに人工肛門になる可能性が高いと私に告げた。一応確認したいので、隣の診察室に来てくださいと言う。そこの診察台に横になり、ジーンズを下げてお尻をさらす。M医師は指サックをはめて瞬く間に私の肛門に指を入れて触診をしたのだが、痛くて呻いてしまう。涙目になる。肛門は出すところであって入れるところではないとつくづく思う。
やはりだいぶ近いですね、とM医師は言う。でも、治療の過程で患部が小さくなれば、人口肛門にせずに済むかもしれません、と付け加えた。
「人工肛門」という響きはずっしりと胸にこたえた。妙な話ではあるが、それは起こり得る「死」よりも私を怯えさせた。癌による死は当然あり得るが、私にはどこか遠いものであった。しかし、人工肛門をつけた自分の姿はありありと想像できた。そのせいで生活にいろいろと不便が出るのだろうなと考えると、うんざりした。
もちろん、この状況では人工肛門なんてささいな事だ。それで命が助かれば御の字ではないか。命か肛門か、と選択を迫られれば答えは決まっている。それくらいの事で動揺するなんて、ケツの穴が小さい男だ、と責められても仕方がない。それでも、なんとか自前の肛門を失わずに済みますように、と心から願った。
M医師からは下記の治療プランが提示された。簡単に言えば、最初に放射線/化学治療で癌を弱めてから手術するという運びだ。
ざっと見積もって、すべてが上手くいったとしても、治療完了までは癌発見から数えて半年はかかる。2-3か月で終わるだろうと考えていた私はショックを受けた。
その間働けるでしょうか、と訊くと、仕事は休むべきでしょうとM医師は言う。放射線治療、化学治療の体への影響はかなりのものがあり、まず働ける状態ではないだろうし、仕事でストレスをためて治療効果を削ぐような事があってはならない、と。
それはそうだ。
しかし、長期で休めば仕事を失うことにはなるまいか?そして休職中の生活費は?
そんな心配が私の表情に表れていたのだろう。私の妻は「なんとかなるから心配いらないよ」と言ってきた。どれだけの根拠があっての発言かは判らなかったが、そう言われて気分的にちょっと楽になった。
いずれにしても、実際のところ私に選択の余地はもう無いのだ。
仕事の事にせよ、肛門の事にせよ。