蟹退治日記 (神経内分泌がん治療記)

ドイツでの神経内分泌がん治療の日々を通して見たこと聞いたこと考えたことを綴っていきます。

暇をつぶす

治療入院の三日目。

抗がん剤を再開することになった。前日の件があるので、妻も心配して朝から病院にやってきた。そして点滴を受ける間、ずっと私のそばに居てくれた。妻だけではない。医者や看護婦もちょくちょく顔を出しては、調子はどうだと訊いてくる。これだけ熱い視線に囲まれていれば、何かあっても誰かすぐに駆けつけてくれるだろう。

 

幸いにして何の問題も起こらなかった。抗がん剤の副作用か、多少の吐き気はあったが、吐き気止めの点滴でまた死にかけるのもゴメンだったので我慢した。

 

午後には放射線治療へと。

多い時は十人以上の患者が待合室に詰めているわけだが、そのほとんどは60代かそれ以上の老人達だ。50代らしき人もちらほら居る。でも私より若い患者は見たことが無い。40代半ばにもかかわらず、ここでは私は最年少なのだ。別にメダルが貰えたりするわけでは無い。

 

夕方には一通り治療プログラムが終了する。軽い夕食が済めば、朝までひたすら暇だ。病気になる前は自分の時間が取れると嬉しかったものだが、入院していると時間があっても嬉しくない。苦痛ですらある。うまく暇をつぶさなければならない。

 

ここで重宝したのはスマートフォンであった。今や病室でも携帯電話の使用は許されており、私の入院している病院では患者用の無線LANサービスまであった。それで音楽を聴き、青空文庫を読み、映画を観た。この日に観たのは『ガタカ』である。イーサン・ホークジュード・ロウが共演する、遺伝子による格差社会を描いたSF映画だ。

 

デザイナー・ベイビーが当然のものとして受け入れられている近未来で、遺伝子操作無しに、結果としてある疾患を持って生まれた主人公は下層市民として生きざるを得ない。その主人公がDNAエリート達の中でどうやって夢を実現していくのか、というお話。

 

被差別者である主人公の視点で語られるせいもあるが、ここで描かれる社会はディストピアに見える。これは行きすぎだ、と思う。しかし、胎児の染色体異常検査が行われる現代とは地続きの社会に違いない。何が良くて、どこまでが許されて、何がいけないのか。観終わってから、誰かと議論がしたくなる映画である。

 

しかし、私の横には大いびきをかいているGさんしかいない。

それで仕方なく寝ることにした。