蟹退治日記 (神経内分泌がん治療記)

ドイツでの神経内分泌がん治療の日々を通して見たこと聞いたこと考えたことを綴っていきます。

トイレまでの距離

【閲覧注意:タイトルが暗示するとおり、麗しいお話ではありません】

 

8月初旬。大腸が本格的に壊れてきた感じがあった。おそらく炎症がひどくなったのだろう。下痢になり、下血の回数は増え、一日に最低でも10回はトイレに行く羽目になった。実際にそれだけお通じがあるわけではなく、粘液便というのが出るようになるのだ。

 

風邪を引いたら鼻水がでるように、大腸が炎症を起こすと粘液便がでる。見た目も鼻水に似ている。こいつが腸内にたまるので、おならをすることもままならない。そのために頻繁にトイレに行く。また、大腸が壊れると直前まで便意にも気づかない。だから、「あ、これは」と思ったら、直ちにトイレに駆け込まないと試合終了である。

 

家に居ても何度も冷や汗をかいた。トイレまでのあと数歩を、肛門を引き締めながら、爪先立ちでそろそろと歩いた。ズボンのジッパーを下ろす手が震えた。便座に座り安堵の溜息をついた。

 

どこに居てもトイレまでの距離を測っていた。犬の散歩に行くときは速やかにトイレに辿り着けるように自宅からせいぜい数百メートルの距離をうろうろすることにした。これは間に合わないかも、と思ったことが2-3度あったが、何とか事なきを得た。

 

妻は成人用おむつをすればいいじゃないと言うが、どうしても嫌だった。でも、そんな状態では、散歩以外の外出はまず諦めねばならず、ほとんど自宅でゴロゴロと過ごす事になった。私の生活を支配するもの。それはトイレだったのだ。

 

そんななか腸の痛みも酷くなってきたので、病院で痛み止めを処方してもらった。すると、副作用なのか、一転して便秘になった。最初はトイレの回数が減って良かったと喜んでいたが、それは間違いだった。なぜなら、腸内にとどまる便が癌患部を圧迫するのか、物凄い痛みを引き起こしたからだ。痛み止めが、さらなる痛みを呼ぶとはどういう事だ。

 

これはイカンと思い冷たい牛乳を飲むが、便秘は解消されない。妻は便秘にはこれが効くと言ってザワークラウト・ジュース(もしくはザワークラウト汁)を買ってきた。食物繊維が豊富らしい。ザワークラウトというのはキャベツを発酵させた、いわばドイツの漬物みたいなものだが、その絞り汁だ。そして、この汁の味がえぐい。しょっぱくて青臭い。それでも便秘解消のために私は耐えた。飲みきったのだ!

 

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しかし、だ。その苦行を経ても便秘は解消されない。もはや痛みのせいで一睡もできない。ずうぅぅぅん、という重低音的痛みがお尻から引かないのだ。しょうがなく、夜間の緊急病院へ行く。便秘の緊急患者なんてそういないだろう。

医者が持ってきたものは浣腸だった。

そして、それは福音をもたらした。その意味通り、良い便りである。

 

それからは、痛み止めを変えて、整腸剤を飲んだ。そしていつしか便秘モードから下痢モードに戻ってきた。トイレの回数はまたもや10回を超え、私の哀れな肛門は、もう擦り切れかかってはいたが、それでも便秘よりはましだと思っていた。

 

もうじき放射線治療・化学治療が始まるのだ。そうすればすぐに腸も良くなるであろう。それまでの我慢だ、と思っていた。