キレ
<注:シモの話です>
- 入院五日目
朝の回診時、医者と看護婦におならが出たことを大々的にアピールした。ならば流動食はOKという事で、お昼に香草のクリームスープとプリンが出た。やれ、嬉しや。食事らしい食事をするのは三日ぶりなのだ。
そして午後の遅くにベッドでごろごろしていたら、お腹もごろごろ言い始めた。便意というほどはっきりしたものではないが、念のためにトイレに行ったら便が出た。ほんのちょっと。でも、これは腸が再び動き始めたという重要なしるしだ。
これで退院ももうすぐだ、と喜びながらお尻を拭いていたのだが、何枚もトイレットペーパーを消費するはめになった。キレが悪いのだ。三か月のブランクでお尻がなまってしまったのか。現役時代を思い出せ、「虎の眼」を思い出すんだ!(ロッキー風に)
その晩はもう二度ほど便が出たのだが、キレの悪さは相変わらずだ。トイレットペーパーに拭かれまくった肛門はヒリヒリと痛み始めた。
- 入院六日目
朝の回診時、医者と看護婦に便が出たことを大々的にアピールした。もしかしたら即退院できるか?と期待したが、もう2,3日は様子見との事。ストーマを閉じた傷口は結構な確率で化膿するらしく、それで医者も慎重になっているようだ。
お昼ご飯はマカロニ。味はイマイチだが、ようやく歯ごたえがある食べ物を口にすることが出来て嬉しい。
午後には私の病室に患者が一人運び込まれた。70歳くらいの大柄な老人で、ベッドから動けないようだ。看護婦を呼びつけて「コップに水をついでくれ」と言い、それを飲みもしないうちに、すぐさま看護婦を呼んで同じ事を言う。何度も同じことをするので、看護婦も切れかかっていた。「必要ないのに何度も呼ばないでください」と声を荒げる。彼女は他にやることが沢山あるのだ。しかし、老人の反応はぼんやりとしている。後で知ったのだが、彼は老人ホームから担ぎ込まれたとの事だった。おそらく認知症なのだろう。
そのナースコールの合間、彼は妻に電話をかけた。何度も。なぜ相手が妻と分かったかというと、スピーカーフォンで会話していたからだ。毎日この調子なのか、妻の対応はいかにも彼をあしらっているという感じだった。皆、やるべき事があるのだ。
彼、彼の妻、看護婦さん。誰も悪くないし、誰の責任でも無い。ただ、こういうのを見ると、病気というのは、老いというのは哀しいなあと思う。
その日は4回ほどトイレに行った。そのたびにお尻の痛みは酷くなる。でも、今から思えば、それはほんの始まりに過ぎなかった。