蟹退治日記 (神経内分泌がん治療記)

ドイツでの神経内分泌がん治療の日々を通して見たこと聞いたこと考えたことを綴っていきます。

戸惑い

ドラマだと癌の告知の場面では悲しげな音楽が被さるか衝撃的な効果音が鳴るものだが、現実は拍子抜けするくらい淡々としたものだ。告知を受けて私と妻は顔を見合わせた。おそらくどちらの顔にも戸惑いが浮かんでいただろう。

 

医者は、私と妻の反応を注意深く見ながら先を続けた。癌は見つかったが転移があるかどうかまでは分からない。詳細な検査のために入院が必要となるので、入院棟にいるZ医師のところにすぐに行きなさいと言う。私と妻は指示に従った。

 

それにしても患者とその家族に同時に告知するというのは、ドイツの一般的なシステムなのだろうか?私のみに告知を行わなかった理由は何なのだろう?もしかしたら私のドイツ語のレベルを疑われていたのかもしれない。コイツは告知を理解できないんじゃないか、と。見くびるんじゃねえ、と啖呵を切れないのが辛いところだ。長年ドイツに住んではいるが、私のドイツ語レベルは大したことないのだ。

 

いずれにしても妻が来てくれて良かった。第一に気分的に落ち着いたし、第二にZ医師からの検査入院の説明について、私が正確に理解できるよう手助けしてくれたからだ。妻は南欧の女なのだが、ドイツ語のネイティブ・スピーカーでもある。

 

Z医師は30代半ばと思しきぽっちゃりとした女性で、和やかな雰囲気の人だ。大腸癌は治る可能性の高い病気だから気を落としてはいけないと、彼女は我々を励ました。妻はそれを聞いてついに泣き出してしまったが、私は割と冷静だった。自分が死ぬわけは無い、と無根拠にそう思っていた。

 

これが正常性バイアスというやつだろうか。そりゃ、下血はあるさ。尻が痛いこともある。でもこんなにぴんぴんしている俺が死ぬなんてありえない。と、まあそんな感じだ。

 

次の日から検査入院という事になった。ちょうどその週は夏休みを取っていたこともあり、検査結果が分かるまでは会社への連絡を見合わせることにした。実家の家族に対してもそうすることにした。癌になりました、詳細は分かりません、ではいたずらに心配させる事になるだろうと思ったからだ。

 

頭が痛いのは子供たちにどう説明するかだ。私達には(日本の学校システムに当てはめて言えば)中学生の娘と小学生の息子がいる。正確に説明するのは検査後にしたって、なぜ入院するのかを説明する必要がある。

 

妻と話した結果、私のお腹の中に大きなおできが見つかったので検査入院する、という内容にした。あながち嘘では無い。