蟹退治日記 (神経内分泌がん治療記)

ドイツでの神経内分泌がん治療の日々を通して見たこと聞いたこと考えたことを綴っていきます。

身軽になる

  • 手術から11日目。

日曜日。今日で11月も終わる。

回診に来たM女医と話す。退院はどれくらいかと訊くと、この調子ならば次の週末には退院できるだろうと言われた。つまりあと6日か7日だ。退屈で死にそうなので、出来ればもっと早く出たいと思う。

 

この日は腹部の手術跡の抜糸があった。実際に皮膚を縫合しているのは糸では無く、医療用ホッチキスだ。それを特殊なハサミでぱちぱちと切っていく。私の場合30針以上あるわけだが、その日に抜糸するのはその半分。一つおきに取り外していく。

 

昨日の膀胱カテーテル除去の痛みがあったので、これも痛むのではないかと怯えた。看護婦さんに痛みますかと訊いたところ、大したことありませんよという答え。もっともどんな答えであろうと、抜糸は避けて通れないので、愚問といえば愚問なのだが。

 

まずは一つ目、ぱちん。おお、全然痛くない。これなら平気だ。と思っていたら、1-2秒後にじわっと痛みがやってくる。そして、看護婦さんがぱちんぱちんとホッチキスの針を切っていく度に針ごとの痛みがどんどん加算されてくる感じで、痛みの総量が増えていくのだ。最後あたりに、ちょっと待った、タイム!と看護婦さんに懇願したが、あとちょっとだから我慢しなさいと押し切られて一気に抜糸は終わった。

 

部屋に一人でいると、テレビをつけるも観るべきものがないので、延々とチャンネルを変えてしまう。所謂ザッピングだ。10分、20分とやっていると、救われない気持ちになる。それで時おり散歩に出かけた。退屈はリハビリの動機付けになっていたようだ。

 

 

  • 手術から12日目。

残り半分の抜糸も完了。左右下腹部のドレナージも外された。これもちょっと痛かったが、膀胱カテーテルと比べると余裕。そして首に刺さっていた点滴も外された。

 

お昼前にはストーマ・ケアのMさんが来て、通常のストーマ・パウチを装着してくれた。パウチとはストーマ人工肛門)から出る排泄物をためる小型の袋である。今まではちょっと大き目の入院用ストーマ・パウチを経由してもっと大型の排泄物バッグにつながっていた。

 

これで排泄物バッグからも解放された。これからは自分で定期的にトイレに行ってパウチの中身を開ける必要があるが、おかげでとても身軽になった。手術後に体につながっていた麻酔針も、点滴も、ドレナージも、排尿バッグも、排泄物バッグも、これで全部外れた。ストーマ・パウチがお腹についているだけだ。この解放感!

 

この日の午後にはリハビリ部隊から、また看護婦さんが来てくれた。歩行トレーニングのための歩行器を持ってきてくれたのだが、私は歩行器は要りませんと言って「すたすた」と歩き出した。彼女には「よたよた」と見えていたかもしれないが、こんなに歩けるようになっているとはびっくりしました、と彼女は言った。前回会ったときは、足踏みがせいぜいと言ったところだったのだ。

 

じゃあ次のステップ、と言って彼女は私を階段に連れて行った。もっと負荷を与えても良いと判断したらしい。まずは手すりにつかまりながら一階下りた。下りる時に足に体重がかかって意外にきつい。少し休憩して、今度は上り。重力に逆らっているのを実感する。すぐに足が重くなり、上り切った時には太ももの筋肉が張っているのをはっきりと感じた。

 

ひとしきりスポーツをしたような心地よい疲労感があった。階段を一階上り下りするだけでそれが味わえるとは悪くないな、と思った。