手術前(1)
11月中旬の月曜日。
ついに手術の日だ。と、はじけんばかりに気合を込めて病院入りしたのだが、着いた途端に、手術は明後日になりましたと告げられ、気合の行き場が無くなってしまった。今日、明日は検査をすると言う。
まあ、仕方がない。とりあえず入院手続きを取る。今回は二人部屋で同室者はBさん。60歳くらいだろうか。物静かな人で、距離の取り方も私のそれに近い。私にとっては理想的な隣人である。
ベッドに横になって本をぱらぱらめくっていると、超音波検査のお呼びがかかる。7月の検査と全く同じように、ジェルを塗られプローブで腹部をぐりぐりされる。このような無痛検査なら大歓迎だ。
午後遅くにP医師がやってきてこれから直腸鏡をやるという。初めての検査だ。 検査室には分娩室にあるような両足を乗せるタイプの椅子がある。ズボンと下着を脱いでそこに乗れという。座ってみると無防備この上ないという心持ちになった。何せ丸見えなのだ。心細くてどうにも落ち着かない。
P医師は触診しますからね、と言って指を肛門に入れてきた。一瞬、痛みで悶絶したが、それはまだ可愛いものだった。直腸鏡を入れますから体を楽にしてくださいね、と言うP医師の手を見ると、銀色に輝く凶暴そうなものがある。
太い。私は戦慄した。「それを入れるんですか?」と訊くと、P医師は「すぐに終わりますから」と答える。つまりはYESという事だ。「麻酔とか痛み止めも無しに?」と訊くと、「滑りを良くするためにローションを塗りますね」という答えが返る。これまたYESという事だ。
それからは本当に辛い5分間だった。いや、もしかしたら2分間だったのかもしれないが、とても長い時間に感じられた。直腸鏡は入れられ、ポンプでもって私の腸は膨らまされた。私は痛みに貫かれ、時折唸り、眼には涙が滲んだ。
検査が終わる頃には、今朝私の体に満ち満ちていた気合なんてものは、どこにも無くなっていた。放心状態でお尻についたローションと血を拭い、もそもそと下着とズボンを履き、とぼとぼと病室に戻った。
ベッドに横になり心身のダメージを癒していると、先ほどのP医師と執刀医のM女医が一緒にやってきた。検査結果を持ってきたのだ。P医師が「今回の直腸鏡でははっきりと見えない箇所もあったのですが」と前置きを置いて、「どうも、あなたの癌は劇的に小さくなっているようです」と続けた。「放射線治療が効いたのでしょう」と、彼はにっこりと笑った。
そして私は思わずガッツポーズをとっていた。