第二エンジン点火
手術から九日目。
思い切って一人でベッドから体を起こしてみる。腹筋は使えないので、これが思いのほか大変。体を横向きにして足をベッドから降ろし、同時に両腕で上半身を起こす。
出来た!これで看護婦さんの助けを借りずに一人で立てる。
しかし腹をかばっているので、相変わらず酷い猫背だ。看護婦のCさんがやってきて、腹部に痛みがあるなら、その部分を軽く手で押さえてから背筋を伸ばしてみてくれという。こわごわやってみたら出来た。嬉しくなって笑いが出た。Cさんもつられて笑っていた。
この日から病室内を歩き始めた。自分で洗面台まで行き、歯を磨き、顔を洗う。吐き気やめまいはすっかり無くなっていた。体が軽くなっている。
手術から十日目。
ついに膀胱カテーテルを外すことになった。このところ良く詰まるし、膀胱に不快感があるので大歓迎だ。看護婦さんは深呼吸してと言って、それから一気にカテーテルを抜いた。一瞬ではあるが物凄い痛みで、しばらく口がきけなかった。
とにかくこれでカテーテルは外れた。これからは小便は尿瓶にするかトイレに行く必要があるが、膀胱の不快感が無くなってせいせいした。
それから看護婦さんにストーマ(人工肛門)の排泄物バッグを一時的に外してもらい、初めて病室外に出てみた。首にはまだ点滴がつながっているが、点滴スタンドを杖替わりに歩くので、それはむしろ都合が良かった。
たかだか往復30メートル程度の病院の廊下だ。つい猫背気味に歩いてしまうせいか腰に痛みを感じる。足取りはゆっくりと、しかし、しっかりとしていた。途中で出会う看護婦さん達にも励まされ上機嫌だ。一人で動ける自由は素晴らしい。
この日から回復スピードに弾みがついた。
ロケットで言えば、第二エンジンが点火したような感じだった。